公園墓地 | デメリット(2)
雑司ヶ谷霊園は、東京都豊島区南池袋にある都営の公園墓地です。
面積は約115400平方メートルです。明治政府の自葬禁止(1872年6月28日)、神葬地設定(1872年7月13日)、火葬禁止(1873年7月18日太政官第二百五十三号)、旧朱引内の埋葬禁止、墓地令(1874年6月22日)等の法令・布告・布達にしたがって共葬墓地の必要が生じ、東京府が東京会議所に命じて雑司ヶ谷旭出町墓地を造営、1874年(明治7年)9月1日に開設されました。都営の公園墓地、青山霊園は1872年、美濃国郡上藩(現在の岐阜県郡上市)の藩主だった青山家の下屋敷跡に開設されています。
当初は、神葬祭墓地でした。1874年9月1日、市民のための公共墓地となっています。1889年、東京府から東京市に移管されています。1926年、斎場の建物のすべてが東京市に寄附されて、日本で最初の公営墓地となりました。現在は、東京都の所管となっています。都営の公園墓地のデメリットには、次のようなものが挙げられます。□法事を執り行う施設がほとんど用意されていません。□霊園の規模が大きく、管理が行き届いていません。□両彼岸やお盆の時期には、かなりの交通渋滞があります。□墓地公募が年に1回しか行われていません。□不足がちで多くの人々に行き渡りません。
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